秘密
モルドバでは年配者はとても重んじられています。
それで、子どもが産まれるときは、祖父が名づけることが多かったそうです。
ヴィタリエの祖父は決めていました。
初孫が男の子だったら、自分の父親と同じ「パヴェル」にしよう!と。
産まれる赤ちゃんから見ると、ひいおじいさんと同じ名前、ということになりますね。
とうとう赤ちゃんが生まれる時がやってきました!
生まれたのは男の子。
長男が生まれた!!と大喜びするゲオルギ。
ズブコ家に長男誕生!名前は「パヴェル」というニュースが村中に広まります。
お酒を飲んでルンルン♪気分の父親ゲオルギは、役場に出生届に行きました。
なんの代わり映えもしない、いつもどうりに立っている役場の建物。
でもなぜか今日は、明るくほほえみ、ゲオルギが来るのを待ってくれていたかのように思えてなりません。
ふつふつと楽しい気持ちがこみあげてくるゲオルギは、受付へ向かいます。受付の女性も今日はズブコ家のために出勤してくれたように見えます。
「ズブコさん、お決めになった赤ちゃんの名前はなんですか?」
「えーと、息子の名前は、パヴェル」
「パヴェル? パヴェルですね?」
ゲオルギの心がざわつきはじめました。
心の中で、もう1人のゲオルギの声がきこえてきます。
「パヴェルなんて、だめだめ!古すぎる。
今は新しい時代なんだ。もっとモダンな名前だよ!
モダンなかっこいい名前にしろよ」
「、、、えーっと、最近はやってるモダンな名前って、なんだろう、、、」
「うーん、最近はVITALIEとかよく聞きますねえ」
ゲオルギの目が輝きます!
「VITALIE… おー!ヴィタリエ!それにしよう。いい響きだ!
わたしの息子はヴィタリエだ!」
こうして、「ヴィタリエ」という名前が登録されました。
帰り道….とぼとぼ歩くゲオルギの姿。
生まれる初孫を、パヴェルと名付けた父親の嬉しそうな顔が頭から離れません。
あんなに軽やかだったはずの足は、くすんだ景色の中を、重そうに歩いていきます。
結局、ゲオルギの息子は、実はパヴェルではなく、ヴィタリエという名前であるという事実は皆に明かされることなく時が過ぎていきました。
幼いパヴェルは、毎日毎日楽しく過ごしていました。
寒い日は、お気に入りの場所で日向ぼっこです。
納屋の前が大好きでした。
太陽の温もりに包まれて座り込み、なにかをじーっと目で追っています。
寒くても忙しく動き回っている黒い虫や,赤い虫。そう、ありんこやてんとう虫です。
そして時々、それら小さなともだちに唾をかけてみる、という”悪事”も働きました。
存在しないはずの子
モルドバでは、9月から新学期が始まります。
パヴェルはきらきら顔を輝かせて学校に行きました。
教室にはいると、それぞれの机の上に置いてある新品のノートが目に飛び込んできました!パヴェルの席だと言われて座った席の机の上にも、綺麗なノートがかがやいています。
でも、パヴェルは不思議です。別の人の名前が書いてあるのです。
「VITALIE」
先生が皆んなの名前を呼び始めました。新しいクラスの生徒の確認です。
「イーグル〜」
「ハイッ」
「エレナ〜」
「ハイ」
パヴェルも、ドキドキしながら自分の名前が呼ばれるのを待ちます。
「ダニエル〜」
「ハーイ!」
みんな次々に返事をしていきます。パヴェルも次は自分かと、わくわくしています。
「アウリカ~」…..「ヴィクトール」
「ヴィタリエ〜」
「…………」
皆んなキョロキョロしています。パヴェルもその「新参者」を探して素早く顔を動かしています。
「ヴィタリエー」
「先生、いないよー、そんな子。
そんな名前の子聞いたことないよ!」
名簿から顔を上げた先生の視線はパヴェルに。みんなの視線が集まります!
「ヴィタリエ、あなたですよ!」
ヴィタリエの人生のはじまりは、
やはりヴィタリエらしいハプニングに満ちていたんですね!(笑)
今でもふるさとに戻ると、
「パヴェル」とか「パヴルーシャ」と呼ばれています。
Vitalie本人に、
パヴェル ズブコ と、ヴィタリエ ズブコ
どちらがよかったか尋ねてみると、
Vitalie でよかった そうです。
Vitalie というのは、ラテン語由来, ルーマニア語のViața. Vital バイタル、バイタリティにあふれる といいますよね! 命とか生活という意味だそうです。